「自己資本比率を上げろ」「借金はするな」など。それ、本当に自社のためになるアドバイスですか?中小企業の社長が真に受けると危険な「それっぽい財務アドバイス」について考えます。
中小企業には必ずしも当てはまらない
世の中には、会社の財務に関するアドバイスがあふれています。書籍を読んだり、セミナーに参加したり、あるいは専門家から助言を受けたりするなかで、「なるほど、こうすれば会社はもっと良くなるのか!」と感じることも多いでしょう。
それらは一見すると正しく、もっともらしく聞こえるものばかりです。 しかし、とくに中小企業の社長は、アドバイスを鵜呑みにしてしまうと、かえって経営を悪くする「危険なワナ」に気をつけなければいけません。大企業には当てはまるアドバイスでも、体力や環境が異なる中小企業にとっては、必ずしも当てはまるとはいえないからです。
今回は、社長が真に受けると危険な「それっぽい財務アドバイス」について、代表的なものを3つ取り上げ、なぜそれが中小企業にとって危険なのか、そしてどう考えるべきなのかを解説していきます。結論として、それっぽい財務アドバイスは次のとおりです。
- 自己資本比率を高めろ
- 借入はするな、減らせ
- 預金を余らせるのは損
真に受けると危険な「それっぽい財務アドバイス」
ややもすれば、「会社の財務を良くするための正論」のように聞こえるアドバイスも、その前提条件や会社の規模、置かれた状況によっては、大きな間違いを招くことがあります。とくに注意すべき3つのアドバイスについて、確認していきましょう。
アドバイス1:自己資本比率を高めろ
- なぜ、それっぽいのか?
自己資本比率(総資産に占める純資産の割合)は、財務の安全性を示す代表的な指標です。一般的に、この比率が高いほど借入への依存度が低く、財務的に安定していると言われます。銀行の融資審査においても評価項目の1つです。だから、「自己資本比率を高めましょう」というアドバイスは、しごくまっとうに聞こえます。
- なぜ、真に受けると危険なのか?
自己資本比率を高めるために、安易に「借入を減らそう」と考えて、手元の預金を取り崩して繰り上げ返済をしてしまう社長がいます。しかし、これは危険です。借入(負債)が減っても、預金(資産)も同じだけ減るため、純資産の「額」は1円も増えません。
比率は計算上わずかに上がるかもしれませんが、会社の生命線である手元のおカネ(預金)が減ってしまっては、支払い能力が低下して、資金繰りが悪化するリスクが高まります。
もちろん、自己資本比率という「割合」も大切ですが、それ以上に日々の支払いを確実にこなし、不測の事態に備えるための「預金の絶対額」が、中小企業の存続にとってはるかに重要です。自己資本比率が高くても、おカネがなければ会社はつぶれてしまいます。
この点、銀行もたしかに自己資本比率を見ますが、それ以上に手元流動性(預金残高が月商の何か月分あるかなど)を重視するものです。預金を犠牲にしてまで自己資本比率を改善しようとする行為は、銀行から「財務(資金繰り)を理解していないのでは?」と見られかねません。
- どう考えるべきか?
自己資本比率の向上は、もちろん目指すべき目標の1つです。しかしそれは、「毎期きちんと利益を出して、内部留保(利益剰余金)として積み上げる」ことの結果として達成されるべきものです。預金残高の維持・増加を大前提としつつ、純資産の「額」を増やすことに注力しましょう。
アドバイス2:借入はするな、減らせ
- なぜ、それっぽいのか?
「無借金経営こそ理想!」という言葉を耳にすることがあります。借金(銀行借入)はコスト(利息支払い)を生みますし、返済のプレッシャーもあるでしょう。ゆえに、「借入はしないほうがいい」「できるだけ早く減らしたほうがいい」というアドバイスも、一見すると正しく聞こえます。
- なぜ、真に受けると危険なのか?
アドバイス1と同じ理由で、手元預金を大きく減らしてまで借入を減らすのは、会社の資金繰りの柔軟性を損ない、かえって会社を危険にさらす行為です。
自己資金だけで事業を運営・成長させていくには、どうしても時間がかかります。銀行からの借入をうまく活用することで、設備投資や運転資金の確保、事業拡大のチャンスをタイムリーにつかむことができます。借入は、会社の成長を加速させるための有効な「レバレッジ(テコ)」となり得るのです。 また、「借金はしない」と銀行との取引をいっさい絶ってしまうと、いざ本当に資金が必要になったときに、銀行は自社のことを何も知らないので、融資の相談にも乗ってもらいにくくなります。
よって、ふだんから借入取引を継続することは、銀行との関係性を維持・強化して、いざというときの支援を得やすくするためにも重要な意味を持つのです。
- どう考えるべきか?
借入を闇雲に恐れたり、絶対悪と決めつけたりするのではなく、自社の成長戦略や資金繰りの状況にあわせて、必要な範囲で柔軟に活用するというスタンスが重要です。その際、預金残高は常に一定水準(たとえば、月商の3ヶ月分など)以上を維持することを目標にしましょう。
アドバイス3:預金を余らせるのは損
- なぜ、それっぽいのか?
「おカネは使ってこそ価値がある」「銀行に預けていても金利はほとんどつかない。遊ばせている預金は機会損失だ」「余ったおカネは積極的に投資に回すべきだ」など。資金調達手段が多様で、体力や信用のある大企業や、投資家の視点から見れば、このような考え方には一理あります。
- なぜ、真に受けると危険なのか?
大企業のように潤沢な内部留保があるわけでもなく、株式市場から容易に資金調達できるわけでもない中小企業の多くは、本質的に「過小資本(自己資本が十分でない状態)」であることが常態です。そのような会社にとっては、手元預金が、脆弱な財務基盤を補うための緩衝材の役割を果たします。
また、中小企業は大企業に比べて、外部環境の変化(景気変動、取引先の倒産、災害など)や突発的なトラブルの影響を受けやすく、経営の不安定要素が多いものです。手元預金は、そうした不測の事態を乗り切り、事業を継続していくための「命綱」と言っても過言ではありません。
なお、「余った預金を投資に回せばもっと儲かる」という理屈には、その投資が必ず成功するという保証はどこにもありません。とくに不慣れな分野への投資や、リスクの高い投資で失敗した場合、預金を失うばかりでなく、銀行からの追加融資も受けにくくなるという二重苦に陥る可能性があります。
その銀行は、中小企業の預金残高を「資金繰りの安定性」や「いざという時の支払い能力」を示す重要な指標として見ています。よって、社長が「余らせている」と感じる預金でも、銀行から見れば「しっかりと備えている」というポジティブな評価につながることが多いのです。
- どう考えるべきか?
中小企業にとっては、あるていどの「余剰資金(に見えるかもしれない十分な預金)」を持つことは、けして「損」ではなく、むしろ、経営の安定と持続的な成長のための「必要経費(資本コスト)」あるいは「戦略的な備蓄」と考えるべきです。もちろん、事業成長のための前向きな投資は必要ですが、それと「守りの預金」とのバランスを常に意識することが重要です。
まとめ
「それっぽい財務アドバイス」を鵜呑みにしてしまうことの危険性について、3つの代表的な例を挙げて解説してきました。
- 自己資本比率を高めろ
- 借入はするな、減らせ
- 預金を余らせるのは損
これらのアドバイスが必ずしもすべて間違っているわけではありませんが、会社の規模や成長ステージ、財務状況といった前提条件を無視して鵜呑みにとすると、大きな過ちを犯す可能性があります。
とくに、体力のある大企業の財務戦略が、そのまま中小企業に当てはまるとは限りません。中小企業の社長が本当に目指すべきは、巷の「それっぽいアドバイス」に振り回されることなく、自社の実態を正確に把握して、「手元預金の維持・増加」を最優先課題のひとつと据えることです。
その上で、本業でしっかりと利益を出して、自己資本を着実に積み上げ、必要に応じて銀行借入を柔軟に活用するという、バランスの取れた財務戦略を、社長自身が主体的に考えて実行していきましょう。