「銀行に毎月試算表を出しても、どうせ見てないから意味がない」そんな話を聞いたことはありませんか? たしかに、数字上の格付けはすぐには変わりません。でも、僕はあえて言いたい。
試算表は「ゴミ箱行き」なのか?
銀行融資界隈ではときおり、こんな声を耳にします。
「毎月、試算表を作って銀行に送ってるけど、あれって意味あるの? 銀行員は見てないってウワサだけど…」
たしかに、その気持ちもわかります。
一生懸命つくって送ったのに、銀行からの反応は薄い。あるいは、なんの反応もない。「本当に見てるのか?」と疑いたくもなるでしょう。
実際、銀行員の本音としても、そういう側面はゼロではないようです(僕調べ)。銀行の実務において、毎月の試算表が、即座に評価の「決定打」にならないことはあります。
たとえば3月決算の会社であれば、会社の格付が決まるのは、銀行が決算書のコピーを受け取ったあとの6月〜7月ごろです。
それ以外の時期に、なんとなく試算表を送っても、具体的な融資の案件がなければ、「受領」のハンコを押されてファイルに綴じられるだけ…なんてことも、現場ではあるでしょう。
数字上の評価(定量評価)は、毎月の試算表くらいでは動かない。それは、ある意味で事実だといえます。
でも、だからといって「試算表を出すのは無意味だ」と結論づけるのは、あまりに早計です。
というわけで今回は、それでも僕が「試算表は毎月出すべきだ」と断言する理由について、お話をします。
銀行が見ているのは「数字」だけではない
銀行の評価には、大きくわけて2つの軸があります。
1つは、決算書の点数による「定量評価」。もう1つは、社長の資質や、会社の管理体制などを見る「定性評価」です。
たしかに、試算表を出したからといって、赤字が黒字になるわけではありません。つまり、「定量評価」は変わりません。
ですが、試算表を出し続ける行為は、もうひとつの「定性評価」を上げするチャンスなのです。
「出せる」ということ自体が、最強のアピール
毎月、正確な試算表を銀行に提示できる。これは、銀行員から見れば「当たり前」のことではありません。
とくに中小企業のなかには、決算のときまで自社の数字がわからない、なんて会社もザラにあります(残念ながら)。
そんななかで、「毎月ちゃんと数字が見えている(管理体制が整っている)」こと。そして、「それを隠さず開示する姿勢がある」こと。これだけで、銀行員はこう感じます。
「この社長は、計数管理ができているな」 「この会社は、透明性が高いな」
たとえ、ファイルに綴じられるだけであったとしても、「毎月送られてくる」という事実そのものが、ボディブローのように効いてくる。
積み重なった「試算表の厚み」は、そのまま、社長に対する「信頼の厚み」に変わるのです。
いざという時の「スピード」が融資を決める
信頼とか姿勢とか、精神論の話でしょう? とおもわれるかもしれません。
いいえ、これはもっと実利的な、おカネの話です。日ごろの姿勢は、いざというときの「スピード」に直結します。
銀行が「貸したい」とおもうタイミング、あるいは会社が「借りたい」とおもうタイミングは、突然やってくるものです。
そのとき、
「試算表ですか?これから 税理士に頼んで、できるのは早くても2週間後です…」という会社と、「先月分までできてます。すぐに送れます」という会社。
どちらに融資が実行されやすいかは、言うまでもありません。結果として、銀行融資は準備ができているところに流れます。
日ごろから試算表を出している会社は、銀行側も状況を(なんとなくでも)把握できていますし、なにより「管理ができている」という安心感があります。
だから、審査のスピードが早い。結果として、融資が受けやすくなるのです。
まとめ
「毎月の試算表は意味がない」という説に対して、僕なりの反論をしてみました。
- 数字(定量評価)は変わらなくても、信頼(定性評価)は積み上がる
- 「試算表を出せる」こと自体が、管理能力の証明になる
- 試算表を軽視する社長は、いざという時のチャンス(融資)も逃す
たとえ、銀行からの反応が薄くても。「見てないなら送らない」とへそを曲げるのではなく、「見ていようがいまいが、ウチはきちんとしてますよ」と、堂々と送り続ける。
その姿勢こそが、銀行員を味方につける、もっとも確実な方法なのかもしれません。ファイルに綴じられるだけでも上等。今月もまた、淡々と試算表を送り続けましょう。

