内容がよければ届く。つい、そう信じたくなります。
ですが実際には、内容そのものより「どう設計して渡すか」で届き方が変わることもあるのではないか、という話です。
内容より先に、設計を疑ってみる
発信は、内容がよければ届く。
つい、そう考えたくなります。実際、僕もそうおもってきました。
ちゃんと考えて書いた。
情報としても、たぶん間違っていない。
役に立つ話も入っている。
それなのに、いまひとつ届かない。手ごたえが薄い。
そんなことがあります。
ですが、届かないときに疑うべきは、内容不足だけとは限りません。
むしろ、言葉の設計のズレが原因になっていることもあります。
誰に向けて書くのか。
どんなテンションで話すのか。
どこまで断言するのか。
どれくらい比喩を使うのか。
同じ内容でも、ここがズレると、届き方はかなり変わります。
とくに、専門家として発信していると、このズレは起きやすいものです。
正しく伝えたい。
誤解されたくない。
ちゃんと説明したい。
その気持ちは大事に違いありません。
でも、ときどきその「正しさ」が強くなりすぎると、言葉が痩せる ことがあります。
先に要点からいうと…
- いい内容でも、 「どう届けるか」 がズレると届きにくくなる
- とくに専門家の発信は、正しさを守ろうとして言葉が痩せやすい面がある
- 内容を足す前に、読者の前提や語り口など「言葉の設計」を見直す余地がある
内容がよければ届く、とは限らない
発信をしていると、
「いいことを書いているはずなのに、なぜか届かない」
という感覚を持つことがありますね。
反応が少ない。読まれていない気がする。
あるいは、読まれていても、こちらが意図した形では伝わっていないように感じることもあります。
そんなとき、つい「内容が足りないのかな…」と考えてしまうものです。
もっと情報を足したほうがいいのか。
もっと詳しく書いたほうがいいのか。
もっと役立つ話にしたほうがいいのか。
もちろん、それが原因だということもあるでしょう。でも、いつもそうとは限りません。
内容の問題に見えて、
じつは 「どう届けるか」 の問題だった。
そんなことは、案外あるのです。
発信は、
「何を言うか」だけで決まるわけではありません。
僕がおもうに、「どう設計して渡すか」でも、かなり変わります。
ズレていたのは、内容ではなく「言葉の設計」だった
ここでいう「言葉の設計」とは、
内容をどんな形にして相手に渡すか、ということです。
同じことを言っていても、
相手が変われば、伝え方は変わるはずです。
たとえば、
はじめてそのテーマに触れる人に向けて話すのか。
あるていどわかっている人に向けて話すのか。
あるいは、
やわらかく見せるのか。
少し強めに言い切るのか。
同じ中身でも、
設計が変われば、受け取り方も変わります。
逆にいえば、内容そのものが悪いわけではなくても、設計がズレていると、うまく届かないことがあるわけで。
これは、発信を続けていると、けっこう起きることだと感じています。
そして厄介なのは、
設計のズレは、書いている本人には見えにくいことでしょう。
書いている側は、
「ちゃんと書いた」
「必要なことは入れた」
という感覚があります。
だからこそ、うまく届かなかったときに、
設計のズレではなく、
「内容がまだ足りないのだ」と受け取りやすいのですね。
でも、じつは見直すべきなのは、中身を増やすことではなく、言葉の置き方そのものかもしれません。
言葉の設計を決める4つの要素
僕はいま、言葉の設計を考えるときに、少なくとも4つの要素があると考えています。
1. 読者の前提
まず大きいのは、相手がどこまでわかっているかです。
前提を外すと、やさしすぎて物足りなくなることもあれば、難しすぎて置いていかれることもあります。
こちらが「これくらいはわかるだろう」とおもっていることが、相手にとってはぜんぜん前提ではない。
逆に、ていねいに説明しすぎて、まどろっこしく感じられることもある。
読者の前提をどこに置くか。
ここがズレると、それだけで届きにくくなります。
2. 語り口
次に、どういう口調で届けるか。
教えるように話すのか。
見せるように話すのか。
整理して渡すのか。
いっしょに考える感じにするのか。
これも、発信の手ざわりを大きく変える要素です。
強すぎる口調は、読者にとっては圧になるかもしれませんし、いっぽうで、やわらかくしすぎると、今度は何を言いたいのかぼやけることもあるでしょう。
語り口は、ただの雰囲気ではありません。中身の伝わり方そのものに関わっています。
3. 比喩の量
比喩は便利です。
抽象的な話を、具体的なイメージに置き換えられるからです。
でも、比喩は多ければいいわけでもありません。
比喩が少なすぎると、説明は正しいけれど、頭に残りにくい。逆に、比喩が多すぎると、今度は話の芯がぼやけることがある。
どれくらい比喩を入れるか。
どこで入れるか。
これも設計の一部でしょう。
4. 断言の強さ
発信では、言い切ったほうが伝わりやすいことがあります。
ですが、現実はそんなに単純ではありません。とくに、実務や仕事の話になるほど、「場合による」が増えてきます。
だからといって、逃げた言い方ばかりになると、読みにくくなるもので。
強く言い切るのか。
余白を残すのか。
このバランスも難しいところだったりします。
断言が強すぎれば雑になる。弱すぎれば、残らない。
この強弱の調整も、言葉の設計の大事な部分だとおもっています。
専門家ほど、「正しさ」で言葉が痩せやすい
ここで、もうひとつあります。
専門家として発信していると、この設計が難しくなりやすい、ということです。
なぜか。正しく伝えたいからです。
誤解されたくない。
雑に言いたくない。
言い切りすぎて、あとでズレるのも避けたい。
その感覚は、まっとうです。むしろ、必要な感覚でしょう。
でも、その「正しさ」を守ろうとしすぎると、言葉が守りに入りやすくなる。
そして、ときどき、正しさで言葉が痩せる ことがあります。
間違っていない。でも、なぜか残らない。
説明としては正しい。でも、読後に手ざわりがない。
そういう言葉は、もしかしたら、正しさに寄りすぎて、熱や輪郭が薄くなっているのかもしれません。
もちろん、「正しさはいらない」という話ではありません。そこを捨てたら、専門家としては危うすぎます。
ただ、正しさだけで届くわけでもない。そこが難しいところです。
正しいことを、ちゃんと伝わる形にする。専門家の発信に必要なのは、そのひと手間なのだとおもいます。
発信全般に言えること
ここまでの話は、なにも専門家に限った話ではありません。
SNSやブログ、日々のメール。あらゆる発信に言えることでしょう。
「何を言うか」に一生懸命になるあまり、「どう設計するか」をサボってしまうと、言葉はあっという間に届かなくなります。
逆にいえば、内容が同じでも、設計を少し整えるだけで、驚くほど届くようになることもあるのですね。
発信は、正しさを競う場というより、相手が持ち帰れる形に整える場でもある。
そう考えると、内容だけでなく、設計まで含めて発信なのだと、あらためて感じます。
まとめ
いい内容な(はず)のに届かない。
そんなとき、すぐに「もっと中身を足さなきゃ」と考えたくなります。でも、見直すべきなのは、内容そのものではなく、言葉の設計 かもしれません。
誰に向けて書くのか。
どんな語り口で話すのか。
比喩をどれくらい使うのか。
どこまで断言するのか。
こうした設計しだいで、同じ内容でも、届き方はかなり変わります。とくに専門家は、正しさを大事にするぶん、言葉が痩せやすい。
だからこそ、正しいことを正しいままでおわらせず、伝わる形に整えることが大事なのだとおもうのです。
- 内容がよくても、 「どう届けるか」 がズレると届きにくくなる
- 言葉の設計は、読者の前提・語り口・比喩・断言の強さで大きく変わる
- とくに専門家は、正しさを守るあまり言葉が痩せやすいので、伝わる形に整えるひと手間が大事
最初の1歩
もし最近、
「ちゃんと書いたのに、いまひとつ届かない」
と感じる発信があったなら、まずは内容を足す前に、設計を見直してみるのはどうでしょうか。
たとえば…
- その文章は、誰に向けて書いたものかを言葉にしてみる
- 正解を「教える」文章か、プロセスを「見せる」文章かを見直してみる
- 断言の強さや比喩の量が、相手に合っているかを確認してみる
いちどに全部を直す必要はありません。
まずは、ひとつだけでだいじょうぶ。
設計をひとつ見直すだけでも、言葉の届き方は変わるはずです。
ちなみに、このブログでは、できるだけ読者が「持ち帰れる形」に整理して書いています。
いっぽうで、その背景にある試行錯誤や、もう少し踏み込んだ本音は、メルマガ「発信LAB」でお届けしています。興味があれば、のぞいてみていただけたら嬉しいです。

