顧問先から「先生、うちって借りられますかね?」と振られたとき、何と返すか。
社長がほんとうに求めていたのは、答えではなかった。という話をします。
「先生、うちって借りられますかね」というひとこと
顧問先から融資の話を振られた瞬間、税理士の口は一瞬止まったり、あるいはとっさに「答え」を返したりするものです。
あのとき、社長は何を見ていたのか。今回は、独立する前の僕じぶん自身のある応接室の場面から、振り返ってみたいとおもいます。
先に本記事の要点からいうと…
- 社長の「借りられますかね?」は、答えを求める質問ではないことが多い
- 答えで返してしまうと、税理士はそこで社長から少し離れてしまうのかもしれない
- 社長がほんとうに求めているのは「いっしょに整理してくれる存在」、なのですね
たとえば、こんな場面があります。
独立する前のことです。
担当していた顧問先のひとつに、年商1億円弱の建設会社がありました。
その日も、社長の事務所の応接室で、いつもの月次決算の打ち合わせをしていました。
試算表は、赤字続き。
僕は、その数字をよく知っていました。
打ち合わせも終盤に差しかかったところで、社長がふいに切り出します。
「資金繰り、しんどくてね」
「どうやったら、銀行から借りられるのかな?」
世間話みたいな、気軽なフンイキでした。
そのとき、僕の口から出たのは、こんな言葉だったのですね。
「赤字だと、けっこう厳しいかもしれません」
「いちど、銀行の担当者さんに相談してみたらどうですか?」
それで、その場をやり過ごそうとしたのです。
答えで返した、その瞬間に切れたもの
社長は、何も言いませんでした。
ただ、ほんの一瞬だけ、表情が変わったのを、いまでも覚えています。
不満、というより、呆れに近かったのかもしれません。
何が起きていたのか。
振り返ってみると、こうおもうのですね。
僕の言葉は「答え」ではあったけれど、社長は「答え」だけを求めていたわけではなかった。
「赤字だと厳しいかも」
「銀行の担当者さんに相談してみたら」
このふたつの言葉は、社長の不安に並ぶのではなく、そこから一歩引いた場所に立つ言葉だったのですね。
専門家として、 線を引いてしまった 。
「ここから先は、僕の専門外ですよ」と、暗に伝えてしまったことになります。
社長の側からすれば、いっしょに考えてくれそうだった人が、ふいに横にいなくなったような感覚だったのかもしれません。
もちろん、「赤字だと厳しいかもしれません」という見立て自体が、まったく間違っていたわけではありません。
ただ、問題はそのあとだったのですね。
見立てを伝えただけで、社長の不安をいっしょに整理するところまでは、行かなかった。
答えたことではなく、答えだけで終わってしまったこと。
そこに、当時の僕の足りなさがあったのだとおもいます。
「答えなきゃ」と感じた瞬間に、社長から離れていたのです。
社長がほんとうに求めていたのは、答えではなかった
では、あのとき社長は、何を求めていたのか。
借りられるかどうかの判定?
赤字でも通る銀行の名前?
それとも、融資を引き出すためのテクニック?
たぶん、どれもちがう。
社長がほしかったのは、もっとシンプルなことだとおもうのです。
「いっしょに、考えてくれる存在」 。
それだけだったのではないかと、いまの僕はおもいます。
「資金繰り、しんどくてね」というひとことの裏には、ひとりで抱えていた不安があったはずです。
「どうやったら借りられるのかな?」という問いの裏には、誰かに整理してほしい、という気持ちがあったとおもいます。
社長は、税理士の答えを聞いていたのではなくて、税理士が横に並んでくれる人かどうかを見ていた。
そんなふうに、おもうのです。
必ずしも専門家としての答えではなくて、「ひとりで考えなくていい」という安心。
そういうものを、応接室で社長は探していたのかもしれない、と考えています。
ただ、これは振り返ってようやく見えてきたことで、当時の応接室の僕には、まだ見えていなかったのですね。
応接室を出たあと、社長はどこへ向かったのか
応接室を出たあと、社長がどう動いたかは、僕には確かなことはわかりません。
ただ、想像はできます。
たぶん、別の誰かに同じ話をしてみたのかもしれません。
でも、結局はっきりした答えは得られず、ひとりで銀行の支店に向かったのかもしれません。
何を伝えればいいかわからないまま、支店の応接室に座ったのかもしれません。
そのとき社長の手元にあったのは、はっきりしない数字と、整理されていない不安と、銀行に何を切り出せばいいかわからないままの口だったとおもいます。
ひとりで支店へ向かう社長の背中を、いまの僕は、想像することができます。
そして、その背中に、僕は声をかけそびれたのです。
そして、そのあと何が起きたか。
以降、その社長から、銀行融資や資金繰りの相談が振られることは、一度もありませんでした。
僕の側も、なんとなく、その話題には触れにくくなってしまいました。
両方向で、沈黙の関係が固まってしまったということです。
ここでひとつ、注意しておきたいことがあります。
「質問されない」というのは、必ずしも「問題が解決した」「不安がなくなった」を意味しないものです。
それは、もしかすると、税理士への期待が静かに薄れただけ、なのかもしれない。
そう考えると、応接室でほんの一瞬、表情が変わったあの瞬間は、見えにくいかたちでずっと続いていたのではないか、といまになって気づくのです。
「いっしょに、整理しましょうか」のひとこと
では、あのとき何と返せばよかったのか。
いまの僕なら、こう言えるとおもいます。
「いっしょに、整理してみましょうか」 。
これだけで、たぶんじゅうぶんだったはずです。
「赤字だから無理」と判定する必要も、銀行を紹介する必要もありません。
そもそも、社長は判定や紹介を求めていなかったのです。
「整理しましょうか」のひとことは、こちらの専門知識を出すというより、横に並ぶ姿勢を見せる言葉です。
「ひとりで抱えなくてもいいですよ」。
「いっしょに、見てみましょう」。
「ここから何ができるかを、ふたりで探してみましょう」。
そういうメッセージが、たった一言の中に込められています。
たとえば、こんな展開もできたかもしれません。
「ちょっと、資金繰り表を一緒に見てみましょうか」
「銀行に行く前に、何を伝えるかを整理してから行きませんか?」
「いま見えている数字を、銀行がどう感じそうか、僕なりにお話してみますね」
このどれもが、答えではありません。
ただ、横に並ぶための入口です。
この一言があるかないかで、応接室を出るときの社長の手触りは、まるで違っていたとおもうのです。
そして、もしかすると、そのあと社長から相談が振られなくなる、ということ自体、起きていなかったのかもしれません。
まとめ
さいごに、本記事の要点を3つ。
- 社長の「借りられますかね?」に対して、答えで返すと、社長から少し離れてしまうことがある
- 社長がほんとうに求めているのは、判定や紹介ではなく、横に並んで整理してくれる存在ではないかとおもう
- 「いっしょに、整理しましょうか」のひとことが、税理士から渡せるいちばんの返答になりうる
最初の1歩
次に顧問先から融資の話が出たら、答えを返す前に「いっしょに、整理してみましょうか」と一言だけ返してみる。
「答える」のではなく、「並ぶ」。
これが、あの応接室の僕に、いまの僕から渡したい一言です。
もし「答えるより、整理する」という姿勢を、もう少しじっくり考えてみたいと感じた方がいたら。
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