「また前みたいにやる」という言葉に、どこか違和感があった…
体調を崩したあとの再開は、以前のじぶんに復元することではなく、いまのじぶんに合う形へ再設計すること。オンラインという選択肢を選んだ、僕なりの理由を書いてみました。
「元どおり」という言葉の罠
久しぶりに、セミナーを再開しました。
ただし、前と同じやり方に戻したわけではありません。昨年の春から夏にかけて体調を崩して以降、 「また前みたいにやる」ということに、どこか違和感を持つようになった からです。
仕事を再開するとは、元どおりに戻ることなのか。あるいは、いまのじぶんで続けられる形に組み替えることなのか。今回は、その話をしてみようとおもいます。
先に要点からいうと…
- 再開とは、以前のやり方に「復元」することではなく、 いまのじぶんに合う形へ「再設計」すること でもある
- 好きなことでも、「日時・場所・体調」を固定されると、おもった以上に負荷になることがある
- やり方を変えるのは後退ではない。むしろ、 長く続けるための前進 になりうる
「また前みたいにやる」に違和感があった
体調が少しずつ戻ってきたあとも、僕のなかには引っかかるものがありました。
それは、「また移動して、またあちこちでセミナーをやるのか」と想像したときに、気が重くなったことです。
以前の僕は、リアルセミナーを少しずつ増やしていました。直前だと、大阪へ行ったり、名古屋へ行ったり。その先も、もっといろいろな場所でできたらいいなと考えていたのですね。
でも、病気を経て感じたのは、どうやら僕は 「前と同じように戻る」ことを、おもっていたほど自然には受け入れられないらしい 、ということ。
これは、「やる気がなくなった」とか、「出かけるのが嫌いになった」という話ではありません。むしろ、出かけたり旅行したりすること自体は、好きなほうです。
ただ、 好きなことと負荷がないことは、必ずしも同じではない。 そこに、ようやく気づきました。
移動そのものより、「決められた移動」がしんどかった
いま振り返ると、僕にとって負荷だったのは、移動そのものというよりも、 「決められた移動」 だったのだとおもいます。
たとえば、何月何日にセミナーをする。そのために何時までにそこへ行き、その場でベストな体調で話さなければならない。そういう条件が入った瞬間に、移動は単なる移動ではなくなります。
旅行なら、じぶんの体調を見ながら予定を変えることもできるでしょう。気分が乗らなければ、少し遅らせてもいい。空間を変えることも、じぶんのペースでできます。
でも、仕事としてそれをやるとなると話は別です。 決められた日時、決められた場所、決められた役割。 そこに、目には見えにくいプレッシャーが発生する。
そして僕は、そのプレッシャーに、じぶんでおもっていた以上に弱かったのかもしれません。
体調を崩したことと、リアルセミナーを増やしていたことに、はっきりした因果関係があるとは言いません。そこを雑に結びつけるつもりもないです。
ただ、少なくとも、 あのやり方がじぶんの体や心に、見えない負荷をかけていた可能性はある。 いまはそう考えています。
好きなことでも、じぶんのペースを失うと負荷になる
ひとり仕事をしていると、「好きならできる」と考えたくなることがあります。あるいは、「できるなら続けられる」とも。
でも実際には、そう単純ではありません。
好きなことでも、じぶんのペースを失えば負荷になります。 できることでも、続けるには向かないやり方がある。
僕にとっては、それが「日時も場所も固定された移動を前提にした仕事」だったのかもしれません。
ひとり仕事は、 じぶんを削って回す仕組みではないはず です。短期的にがんばれることよりも、無理なく続けられることのほうが、長い目で見ればずっと重要でしょう。
前と同じようにできないことを、後退だと決めつける必要はありません。 いまのじぶんに合うやり方を見つけ直すことも、立派な前進 だとおもうのですね。
オンラインは後退ではなく、続けるための再設計
そんなわけで、今回のセミナー再開は、まずオンラインという形を選びました。
もちろん、体を優先したいという理由があります。でも、それだけではありません。
オンラインであれば、僕自身の負荷を抑えながら続けやすい。加えて、参加する側にとっても機会が広がります。
実際、受付を始めてまだ数日ですが、本州以外の地域からもお申し込みをいただいています。僕は横浜に住んでいますから、リアル開催だけでは出会いにくかった方たちです。
そう考えると、 オンラインはリアルの劣化版ではない。 届き方を変える選択肢のひとつだといえるでしょう。
やり方を変えると、つい「失ったもの」に目が向きがちです。でも、実際には、変えたからこそ届く相手や、続けられる可能性もある。
そうであれば、今回のオンライン再開は、 後退ではなく再設計 だと考えたいのです。
再開するなら、「いま話す意味があるもの」を
そして、せっかく再開するなら、「いま話す意味があるもの」をやろうとおもいました。
知識を並べるだけではなく、実務や発信の現場で 「結局どうするのか」を持ち帰れるもの にしたい。そんな気持ちで、今回は2つのセミナーを用意しています。
ひとつは、「発信 再設計セミナー」です。
毎日発信が止まった経験も踏まえながら、 根性ではなく、止まりにくい設計をどうつくるか。 最低ライン、ストック、AIの使いどころなどを、実際の運用に落とせる形で整理します。
もうひとつは、顧問税理士向けの「融資相談対応セミナー」です。
顧問先から「融資どうしたらいいですか?」と聞かれたときに、毎回ゼロから悩まないために。何を見て、どう整理して、どう返すか。その型を扱います。
一見するとテーマは違いますが、共通しているものがあります。
それは、 気合いではなく、型や設計を持ち帰ること です。
その場で「いい話を聞いた」でおわるのではなく、次に詰まったときに戻ってこられる土台をつくること。いまの僕は、そういうものを渡したいと考えています。
まとめ
再開とは、元に戻ることではない。 いまのじぶんで続けられる形に、仕事を組み替えることでもある。
昨年の体調不良を経て、僕はそのことを、ようやく実感として理解しつつあります。
前と同じやり方ができないからといって、そこで止まる必要はありません。やり方を変えて、また始めればいい。むしろ、 そうやって続けられる形を見つけることこそ、ひとり仕事では大事 なのかもしれません。
あらためて、今回の話を整理すると…
- 以前のやり方に戻ることだけが「再開」ではない
- 好きなことでも、じぶんのペースを失うと負荷になりうる
- オンラインという選択は、妥協ではなく、 続けるための再設計 になりうる
- 仕事も発信も、 気合いより「型」と「設計」が支えてくれる
というわけで、久しぶりにセミナーを再開しました。気になるものがあれば、詳細をのぞいてみていただけると嬉しいです。
最初の1歩
- 「前みたいに戻れない」と感じていることを、ひとつ書き出してみる
- そのうえで、「元に戻す」以外の再開の形がないかを考えてみる
- 好きか嫌いかではなく、 「じぶんのペースを守れるか」 で、いまの仕事を見直してみる
やり方を変えることは、逃げではない。続けるための工夫は、むしろ前向きな再設計でしょう。
僕も、まだその途中です。だからこそ、少しずつ整えながら、また動いていこうとおもいます。

