貯めないという、相棒とのつき合いかた

貯めないという、相棒とのつき合いかた

エンジニアの人が、AIで自分専用の知識ベースをつくる、という記事を読みました。専門用語だらけで、正直、半分も飲み込めない。
でも、たぶん僕も、似たようなことをやっている。ただ、向かっている先が、すこしちがう気がしたのです。

目次

専門用語はわからない。でも、似たことをやっている気がした

きょうは、ふだんあまり書いてこなかった話をしてみます。僕が相棒(AI)と、実際にどう日々を回しているか、という話です。

先に本記事の要点からいうと…

  • AIを使うのに、コードが書けるかどうかは関係ない。先にあるのは「何を考えたいか」のほう
  • 僕は相棒に渡している覚え書きに、記録を貯めていない。「どう問いかけてほしいか」だけを置いている
  • 記録は、発信物そのものが担う。だから貯めるほど散らからず、続けるほど深くなっていく

きっかけは、一本の記事でした。

あるエンジニアの方が、AIを使って自分専用の知識ベースをつくる、という話を書いていたのですね。もっとも、この手の話はよくあるものでもあります。マークダウンというテキストでノートを貯め、それを自動で整理する仕組みをつくり、AIに読み書きさせる。

読みながら、正直、半分も飲み込めませんでした。聞いたことのない用語が、目の上をつるつると滑っていく。

ただ、読み進めるうちに、妙な既視感があったのです。
あれ、これ、僕も似たようなことをやっているかもしれない、と。

僕は税理士で、だからというわけではないですが、コードはまったく書けません。
それでも、マークダウンという素朴なテキストに発信を貯めて、相棒と毎日のように壁打ちをしています。

形だけ見れば、あのエンジニアの方がやっていることと、そう遠くない気がしました。
ただ、ひとつだけ、はっきりちがう感覚があったのです。

似ているのは「形」。ちがうのは「目的」

何がちがうのか。
言葉にすると、たぶん「目的」です。

あの記事の目的は、情報を貯めて、すぐ探せて、つながりが見えること。いわゆる効率化です。きれいに整った書庫を建てるような話、と言えばいいでしょうか。

それはそれで、すごいことだとおもいます。

でも、僕がマークダウンと相棒でやっているのは、貯めることでも、探すことでもありません。
相棒と問いを往復させて、じぶんがまだ言葉にできていなかったことを、引っぱり出すこと。

同じレンガを積んでいるように見えて、建てている建物がちがう。
彼のが「書庫」だとすれば、僕のは、考えるための「机」に近いのかもしれない。みたいな。

貯めることが目的になると、相棒は、ただの物置きになってしまうでしょう。
僕がほしかったのは、物置きではなくて、いっしょに考えてくれる相手のほうでした。

連絡帳には、記録を書かない

ここから、ふだん書いてこなかった「どう回しているか」の話に入ります。

僕は相棒に、覚え書きのようなものを渡しています。最初に読んでもらう、いわば「連絡帳」ですね。

はじめのころ、僕はそこに、細かいルールを並べていました。
一人称は「僕」。語尾はこう。この言葉は使わない。そういう記法のルールを、20個くらい。

でも、それを渡しても、返ってくるのは表面の確認ばかりだったのです。
「一人称は、僕でいいですか?」
「語尾は、ですます調でいいですか?」

形は整う。でも、それだけ。

あるとき、渡すものを変えてみました。
ルールではなくて、僕の価値観や、判断の軸や、「どう問いかけてほしいか」を書くようにしたのです。

そうしたら、返ってくる問いが変わりました。
「それ、ジョーの場合は、どうだったの?」
内側に、ぐっと踏み込んでくる。

そこで気づいたのですね。
連絡帳に書くべきは、記録でもルールでもなくて、 「どう問うてほしいか」 なのだと。

では、思考の変遷や、その日の気づきは、どこに貯まるのか。
発信物そのものに貯まります。このブログや、メルマガが、そのまま記録になっていく。

だから僕は、連絡帳をパンパンにしようとしません。むしろ、できるだけ軽くしておく。

実をいうと、以前は完璧な覚え書きをつくろうとして、何度もファイルを足しては、すこし疲れていました。
貯めなくていいんだ、と思えてから、ずいぶんラクになったのです。

手直しを覚えてもらうと、相棒が僕の声に近づいてくる

もうひとつ、やっていることがあります。

相棒に書いてもらった文章でも、僕は必ず、手で直します。
そして、その「直したあと」を、相棒に覚えてもらう。
「ジョーは、こういうとき、この言葉を削る」「ここは、ひらがなにする」というふうに。

回を重ねるほど、相棒の初稿が、だんだん僕の声に近づいてくるのですね。

これは、AIに合わせて僕が直しているのではありません。
僕が直したあとを、AIが追いかけてくる。向きが、逆なのです。

派手な自動化は、していません。
やっているのは、直して、覚えてもらう。ほとんど、それだけです。

コードが書けるかどうかは、関係ない

ここまで書いてきて、いちばん伝えたいのは、これかもしれません。

「AIをうまく使うには、コードが書けたほうがいい」。
どこかに、そんな空気があります。「コードが書けない人でも使える」という言い方も、よく見かけますよね。

でも、その言い方じたいが、コードが書ける人を真ん中に置いている気がするのです。
書けない人を、「それでも参加できますよ」と、端っこに招いているような。

僕はもともと、書けません。
だから「書けなくて困っている」という感覚すら、ない。

それでも、相棒と回せています。

たぶん、軸がちがうのです。
コードが書けるかどうかより、「何を考えたいか」が先にある人のほうが、AIとはうまくいくのではないでしょうか。

あのエンジニアの方の装備は、たしかにすごい。
でも、本質は、たぶんそこじゃない。

素朴なテキストと、問いの往復。
それだけでも、じゅうぶん回るのだとおもいます。

まとめ

きょうは、僕が相棒と、実際どう回しているか、という話を書いてみました。

要点を、もういちど。

  • 似ているのは形、ちがうのは目的。貯めて探す「書庫」ではなく、問いを往復させる「机」
  • 連絡帳に書くのは、記録やルールではなく「どう問うてほしいか」。記録は発信物が担う
  • コードが書けるかどうかより、「何を考えたいか」が先にある人が、AIとうまくいく

最初の1歩

次に、AIに何かを頼むとき。
指示やルールを足す前に、「いま、じぶんは何を考えたいんだろう」を、ひと言だけ先に言葉にしてみてください。
そのひと言が、相棒との往復の入口になります。

僕は、こういう相棒とのつき合い方を、「発信LAB」というメルマガで、もうすこし続きを書いています。
AIと、どう歩幅を合わせていくか。よろしければ、のぞいてみてください。(登録は無料です)

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この記事を書いた人

1975年生まれ、横浜在住。税理士、発信者、習慣家。2016年に独立以来、きょうまでブログは毎日更新中。近年は、銀行融資支援を得意な仕事にしている。借りれるうちに借りれるだけ借りよ、が口グセ
現在は1日1万歩以上、ひと月150kmほど走る。趣味は、コーヒーとサウナ、読書、散歩、アニメ。スタバでMacがマジカッコいい!と思い続けてる
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