社長の「ここに賭けたい」と、銀行の「手元資金を見ておきたい」は、対立しているように見えるもの。でも、ほんとうは合理の物差しが、ちがうだけなのかもしれません。
その間を翻訳できる人が横にいるかどうかで、融資の通り方も、会社の備え方も、変わってくる、という話をします。
「ここに賭けたい」は、社長としてふつうの合理
赤字を立て直すために、新しい事業で黒字を取り戻したい。
社長としては、これは自然な発想ですよね。
先に本記事の要点からいうと…
- 社長の「ここに賭けたい」と、銀行の「手元資金で見たい」は、対立ではなく、合理の物差しがちがうだけ
- 翻訳とは、社長の意思を否定することではなく、銀行に伝わるかたちへ置き換えること
- 「いまは別に困ってない」は社長視点では合理。でも、銀行視点ではむしろ非合理になりうる
以前、ある社長から融資のご相談をいただいたときのお話。
会社は赤字。
けれど、新しく始める事業で黒字を取り戻して、既存の赤字を埋めていきたい。
社長は前のめりに、「ここに賭けたいんです」と語ってくれました。
僕も、その熱量を受け取って、応援したいとおもいました。
正直なところ、いまでもじぶんの中に、社長の熱をそのまま銀行に届けたい気持ちは、あるのです。
ただ、聞きながら、銀行の目線でこの話をもういちど眺めてみると、見え方が、ぜんぜんちがってきます。
社長視点では、合理。
銀行視点では、非合理。つまりは、難しい話。
このすれちがいから、まず見ていく必要があるのです。
同じ場面を、銀行は別の合理で見ている
銀行が新規事業の融資の話を聞いたとき、まず気になるのは「資金の使い道」と「返済の見通し」です。
赤字の会社が、新規事業のために融資を申し込む。
これは銀行視点では、次のように見えやすくなります。それは…
新規事業に使うつもりでも、結果として既存事業の赤字補てんに回ってしまうのではないか。
新規事業そのものが、おもったとおりには立ち上がらないのではないか。
つまり、 「赤字補てん資金」になる懸念 と、 「新規事業の見通しへの懐疑」 が、両側から重なってくる。
この2つが重なる融資の依頼に対して、銀行はなかなか前向きに動きにくいものです。
これは、銀行員が冷たいとか、社長を信じていない、ということでもありません。
銀行は「貸したおカネが、ちゃんと返ってくるか」を見ています。
そのための物差しが、社長の物差しと、ちがう。それだけの話なのですね。
社長の熱量だけでは、銀行のソロバンは弾けない。
このすれちがいを、まずは冷静に見ておくことが大切になります。
翻訳の中身は、否定じゃなくて置き換え
では、どうするか。
社長の「新規事業で立て直したい」という思いを、否定はしたくはありません。
でも、そのままぶつけても、銀行には届きにくいわけです。
そこで、組み立てをこんなふうに置き換えてみました。
- 新規事業の融資申込は、いったん横に置く
- 先に、既存事業の黒字化に向けた改善計画を立てる
- そのうえで、運転資金の借入(折り返し融資)で手元資金を厚くしておく
順番でいうと、新規事業の話は、いったん後ろに下げる。
先にやるのは、既存事業の立て直しと、手元資金の確保という建て付けです。
これに対して最初は、社長からの抵抗がありました。
「新規事業のために借りたいのに、なぜ別の話から始めるのか」と。
その気持ちはわかります。
社長が前のめりに語ったときの空気感を、僕もまだ覚えています。
ただ、社長は途中で、銀行担当者が以前に言っていた言葉を、ふと思い出してくれました。
「新規事業については慎重に」、と。
そのひとことが社長の中に残っていたから、 既存事業の立て直しが先、という順番に納得していただけた のです。
翻訳は、僕ひとりがやったわけではありません。
銀行担当者の過去の言葉も、翻訳の材料になってくれました。
ここで言いたいのは、 翻訳は否定ではなく置き換え だ、ということです。
社長の意思を消すのではなく、銀行の物差しに合うかたちに、組み直すこと。
それが、僕のような税理士ほか、社長の横にいる人にできることなのだとおもいます。
合理は、立場が変わると反転する
ところで、この合理のすれちがいは、新規事業の融資にかぎりません。
平時の借入判断でも、同じことが起きるのですね。
たとえば、現場でよく聞く社長の言葉。
「いまは別に、困ってないから」
借入のお話をすると、こんな反応が返ってくることが、けっこう多くあります。
これも、社長視点ではとても合理的な発想です。
困っていないなら、借りない。
利息も払いたくない。
身軽でいたい。
社長の合理としては、なにもおかしくありません。
ただ、ここでも銀行視点に立ってみると、見え方が反転します。
銀行が見ているのは、いまの利益や売上だけではありません。
ほんとうに見ているのは、 手元資金(返済原資) です。
おカネを貸す相手の、手元の厚みを見ている。
だから、銀行視点でいうとこうなります。
手元資金を薄いままにしておくほうが、銀行にとってはむしろ不安。
逆に、平時に借りて手元資金を厚くしておくほうが、銀行から見れば、安心材料になります。
社長の「いまは借りない」は、社長視点では合理。
でも銀行視点では、 手元を薄くしてまで借入を避けるほうが、むしろ非合理 になりうるのです。
僕がふだんから言っている「借りられるうちに、借りられるだけ借りる」は、社長視点だけで見ると、たしかに暴論に聞こえるかもしれません。
けれど、銀行視点を入れた瞬間に、これが合理的な備えになっていきます。
立場が変わると、合理と非合理は、ひっくり返るのです。
翻訳できる相棒を、横に置けるかどうか
社長の合理と、銀行の合理。
この2つの物差しが、ちがう方向を向いていることに気づくと、融資の景色は変わっていきます。
ただ、2つの物差しを、社長おひとりで同時に持ちつづけるのは、なかなかむずかしいものでしょう。
社長は経営者としての物差しを、まずしっかり持っていてほしい。
そこに「銀行の物差し」を、もう1つ重ねていく役割を、誰かが担う必要があるのだとおもいます。
それが、税理士など「横にいる人」にできることです。
熱量を、否定しない。
でも、銀行の合理に合うかたちへ、ちゃんと翻訳する。
完璧な専門家、というよりも、いっしょに置き換えを試行錯誤する相棒として。
要点を整理すると、こうなります。
- 社長の合理と、銀行の合理は、対立ではなく物差しがちがうだけ
- 翻訳とは、社長の意思の否定ではなく、銀行に伝わるかたちへの置き換え
- 「いまは別に困ってない」は社長視点の合理。でも銀行視点では、むしろ非合理になりうる
最初の1歩
いま、新規事業や設備投資を考えている社長も、「いまは借りなくていい」と感じている社長も、その判断を「銀行の物差しならどう見えるか」で、いちど眺め直してみていただきたいとおもいます。
ひとりで両方の物差しを持ちつづけるのは、なかなかむずかしいものです。
もしいま、「銀行の目線」を横で借りたい場面があれば、よろしければ個別相談ものぞいてみてください。

