「売上が増えても、行って来いだな」
来期の予算をつくっていたとき、ある社長がそう言いました。
値上げはできていた。それでも、賃上げのぶんが、そのまま出ていったのです。
賃上げを、忘れている社長はいない
きょうは、賃上げを決めた、あるいはこれから決めるという社長に向けて書きます。
先に本記事の要点からいうと…
- 賃上げを忘れている社長はいない。忘れやすいのは、その影響
- 人件費の5%は、利益の5%ではない
- 手元資金への影響は、資金繰り表に落としてはじめて見える
物価が上がっています。人も採用しにくくなっています。
東京商工リサーチの調査では、2026年度に賃上げを実施した中小企業は、82.3%でした。
ことしは給与を上げる。その判断は、もう多くの会社で済んでいるわけです。
なので、賃上げのことを忘れている社長は、まずいません。
ですが、来期の予算や資金繰りの見通しを社長と一緒につくっていると、ときどき抜け落ちているものがあります。
賃上げそのものではありません。
では、何が抜け落ちているのでしょうか。
「売上が増えても、行って来いだな」
先日、ある社長と、来期の予算をつくっていたときのことです(守秘義務は守りつつ)。
その会社は、世の中の物価上昇を受けて、価格転嫁をしていました。値上げをしたぶん、来期の売上は増える見込みです。
そこに、賃上げのぶんを織り込んでいきました。
給与が上がれば、会社が負担する社会保険料も、多くの場合、増えていきます。そこまで含めて、人件費を置き直す。
すると、増えた人件費が、営業利益からそのまま差し引かれていきます。この会社は人件費が原価に入っていないので、響くのは粗利ではなく、その下の営業利益です。
値上げで増えた売上が、人件費の増えたぶんで出ていく。
予算に数字が並んだところで、社長が言ったのが、冒頭の言葉です。
「売上が増えても、行って来いだな…」
値上げは、物価高に追いつくための手です。ただ、同じ予算の上には、賃上げという、もうひとつの大きな支出が乗ってきます。
片方だけを見ていると、売上が増えるぶん、来期はラクになりそうに見えるものです。両方を同じ予算に並べてはじめて、行って来いだとわかる。
ここで見えたのは、賃上げをするかどうかではなく、その大きさでした。
では、数%の賃上げが、なぜ「行って来い」になるほど大きくなるのか。
人件費の5%は、利益の5%ではない
理由は、人件費という経費の大きさにあります。
人件費は、もともと経費のなかで占める割合が大きいものです。なので、上げ幅が数%でも、金額にするとけっこうな額になります。
たとえば…
人件費(給与と、会社負担の社会保険料)が3,000万円、営業利益が300万円の会社があったとします。
賃上げと、それにともなう社会保険料の増加をあわせて、人件費が年間150万円増えたとします。人件費全体の5%です。
売上もほかの経費も変わらなければ、その150万円は、利益のなかから払うことになります。営業利益は300万円から150万円へ。
半分です。
人件費の5%は、利益の5%ではありません。この会社でいえば、利益の50%にあたります。
先ほどの東京商工リサーチの調査では、2026年度に賃上げをした中小企業のうち、賃上げ率が5%以上だった会社は42.6%。大企業の41.4%を、わずかに上回っています。人件費の増え方とイコールではありませんが、5%前後の賃上げは、もう珍しい水準ではなくなっています。
(出典:東京商工リサーチ「2026年度の『賃上げ』83.2%の企業で実施 賃上げ率5%以上、中小企業が大企業を上回る」)
%で聞くと、小さく見えます。金額にすると、大きい。
そして、その金額が、いつ、どれだけ手元から出ていくのか。そこは、%のままでも、損益の予算のままでも、まだ見えてきません。
手元資金への影響は、資金繰り表に落としてはじめて見える
では、どこで見えるのか。
僕は、資金繰り表だとおもっています。
その前に、ひとつ手前の話をしておくことにしましょう。
僕の実感では、試算表を毎月きちんとつくっている会社ばかりではありません。毎月の数字がそろっていないと、来期の見通しも、あいまいな土台の上で組むことになります。
そのうえで、賃上げです。
上げなければいけないことは、社長もわかっています。ですが、上げたあとの影響のほうは、けっこう軽く見積もられていることがあります。
忘れているのは、賃上げではなく、その影響です。
そして、手元資金への影響は、資金繰り表に落としてみて、はじめて形になります。
損益の予算で見えるのは、「1年でいくら利益が減るか」です。資金繰り表に落とすと、「何月から、手元のおカネがどれだけ薄くなっていくか」まで見えてきます。
たとえば、こんなふうに分かれます。
- 定期昇給やベースアップのぶん:毎月の給与の支払いに乗る。翌年以降も残る
- 賞与の増額:支給する月に、まとめて乗る。その年かぎりのこともある
- 会社負担の社会保険料:給与や賞与にともなって増える。ただ、月給のぶんは、増える時期が給与とずれることもある
東京商工リサーチの賃上げ率は、年収で換算したもので、賞与の増額も含んでいます。なので、5%がまるごと毎年続くとはかぎりません。
ただ、一度上げた月給は、翌年からの前提になります。固定費の水位が、一段上がるわけです。
ここで、少し厳しいことを書きます。
影響を「だいたい」で済ませているうちは、それは予算ではなく、願いです。
とはいえ、%の数字を金額に直して、月ごとに並べる場面は、ふだんの経営のなかにはあまりありません。軽く見てしまうのは、並べる機会がないからでもあるのだとおもいます。
そして、並べてみてはじめて、次の話ができるようになります。
影響が見えてはじめて、価格転嫁の話ができる
冒頭の「行って来いだな」に、僕が返したのは、「きちんと賃上げするためにも、価格転嫁が必要だ」という話でした。
賃上げは、いまの世の中で会社の持久力を高めるのであれば、しなければいけない。前提にしてほしいと、僕は考えています。
前提にするなら、影響も前提にする。
行って来いだとわかったのは、賃上げと値上げを、同じ予算の上に並べたからです。並べなければ、値上げが足りているのかどうかも判断できません。
逆にいえば、賃上げの影響が金額で見えていれば、価格転嫁を考えるときの目安が1つ手に入ります。少なくとも、この金額をまかなえる価格でなければ、賃上げは続けにくい。
どう値上げするかは、業種や取引先によって、ぜんぶちがいます。ここでは踏み込みません。
ただ、その話をはじめるための数字は、資金繰り表のなかにあります。
まとめ|賃上げは、%で決めて、金額で備える
きょうは、賃上げの影響について書いてきました。
要点を、3つにまとめておきます。
- 賃上げを忘れている社長はいない。忘れやすいのは、その影響
- 人件費はもともと大きい。だから人件費の5%でも、利益に対してはずっと大きく効く
- 手元資金への影響は、資金繰り表に落としてはじめて、何月からどれだけ効くかまで見える
最初の1歩
まず概算で、いまの年間の給与総額(賞与を含む)に、ことしの賃上げ率を掛けて、金額で、書き出してみてください。
実際には、会社負担の社会保険料のぶん、それより大きくなります。
電卓1つでできます。その金額を、営業利益の横に並べてみる。それだけでも、%で聞いていたときとは、ちがう大きさに見えてくるはずです。
賃上げは、%で決めて、金額で備える。
その賃上げは、もう資金繰り表の1行になっているでしょうか。
「金額にしたら、おもっていたより大きかった」。そう感じたら、つぎは、その金額をどう備えるかを考える番です。
値上げで追いつくのか。手元資金で吸収するのか。借りて、先に備えておくのか。そのうち「借りて備える」の判断の順番を、無料メール講座 『銀行融資ラボ』 で扱っています。
よかったら、のぞいてみてください。

