税理士がAIを入れれば、顧問先は何十件も持てるようになる。そんな話を見かけるようになりました。ただ、AIで減るものと、AIでは減らないものがあります。その線引きについて、考えてみます。
「AIで、何十件も持てる」と言われている
きょうは、これから事務所をどう組み立てていくか、迷いのある税理士のかたに向けて書いてみます。
先に本記事の要点からいうと…
- AIが減らすのは「1件あたりにかかる時間」。ここは、たしかに減りうる
- ところが顧問先が増えると、AIが手を出せない相談のほうも、いっしょに増えていく
- 持てる顧問先の上限を決めているのは、作業にかかる時間だけではない。だからAIで時間が減っても、そのぶんだけ上限が上がるわけではない
最近、こういう話をよく見かけます。
「AIを使えば、ひとりで何十件も顧問先を回せる」
件数は、人によって違います。80件のこともあれば、100件と書かれていることもある。
そう言っているのは、実際にAIを使い込んでいるであろうかたです。手ごたえとして、そう感じているのだとおもいます。
僕自身も、AIは毎日使っています。だから、その手ごたえそのものを疑うつもりはありません。
ただ、ひとつ引っかかっているところがあります。
減るものと、増えるものが、分けて語られていない ように見えるのですね。
AIが減らすのは、どこまでか
まず、減るほうから見てみます。
仕訳のチェック。
資料の作成。
月次監査の下準備(あるいはそのもの)。
報告用の資料づくり、など。
このあたりは、AIでたしかに減りうるところだとおもいます。僕も、ふだんの仕事のなかで使っています。
これまで3時間かけていたものが1時間でおわる。そういう場面は、実際にあります。手が空いた分だけ、ほかのことに向けられるようになる。ありがたいことです。
ここで確認しておきたいのは、なにが減ったのか、ということです。
減ったのは、 「1件あたりにかかる時間」 です。
ここについては、その通りだとおもいます。AIで顧問先を持てる数が増える、という話は、たいていこの部分を指しているのでしょう。
では、増えるほうはどうか。
増えるのは、AIが手を出せないほう
顧問先から来る相談は、経理処理の話だけではありません。
(守秘義務は守りつつ…)ふだん受けているものを、いくつか挙げてみます。
たとえば、資金繰りの悩み。
それから、人手不足の悩み。
そして、家族の悩みなど。親御さんの介護であったり、社長ご自身の心身が参っていて、事業にも影響が出ていたり。
並べてみると、あることに気づきます。
下にいくほど、税理士の業務範囲から離れていくのです。そして離れるほど、AIは手を出せなくなります。
資金繰りなら、まだ数字の話です。資料をつくるところまでは、AIも助けてくれる。
人手不足になると、数字だけの話ではなくなります。
家族のことになると、こちらにできるのは、聞くことくらいです。
しかも、これらには、おわりがありません。
経理処理は、おわります。月次監査も、期限が来ればおわる。
でも、資金繰りの不安は来月も続きます。人手不足も、介護も、すぐには片づかない。ひとつ聞いたら、そのまま抱えることになります。
そして、 これらは顧問先の数とともに増えていきます 。100社あれば、100通りの事情がある。
顧問業務は、1年をひと区切りにした繰り返しに見えます。決算があって、申告があって、また次の年が来る。
でも、その会社にとっては、その1年は一度きりです。
上限を決めているのは、時間ではない
ここで、さきほどの話とつなげてみます。
AIが減らすのは、1件あたりの時間。
いっぽうで増えるのは、AIが手を出せない相談。
だとすれば、こうなります。
1件あたりの時間が半分になっても、気に留めることの数は減らない 。
むしろ、件数を倍にすれば、気に留めることも倍になります。時間だけが空いて、抱えるものは増えていく。
僕がいま見ている顧問先は、10件ほどです。この数を決めているのは、作業にかかる時間ではありません。じぶんのココロの余白のほうです。
そして、その余白は、AIを入れても1ミリも増えません。
相談の整理や、これまでの経緯の確認まで、AIはよく助けてくれます。ただ、聞いて、そのまま抱えるところは、こちらに残るのです。
実をいうと、僕にも身に覚えがあります。
勤めていたころ、30社ほどの顧問先を担当していました。そこに管理職としての役割も乗っていて、いま振り返れば、おわらせることが目的になっていた時期があります。
あのころの僕に「あと10社いけますか」と聞いたら、たぶん「いけます(なんとか)」と答えたとおもいます。時間の話としては、そうだったからです。
ただ、あのとき僕に足りていなかったのは、時間ではありませんでした。
心がけではなく、設計で決める
「件数が増えても、1社ずつ向き合えばいい」
そう考えることは、できます。実際、そう考えたことも僕にはあります。
ただ、心がけでは、たぶんもたないのですね。
心がけは、余裕のあるときにしか効きません。抱えるものが増えて、こちらが参ってくると、いちばん先に落ちるのがそこです。
僕が独立したときにやったのも、心がけを持つことではありませんでした。数を決めたことです。じぶんの目で見きれる数まで落とす。それだけです。
順番としては、 設計が先。姿勢は、あとからついてきます 。
いっぽうで、割り切るという選択もあります。
経理処理と月次監査までが範囲だと決めるなら、それもひとつの形だとおもいます。お互いに了解できていれば、ミスマッチは起きません。
ただ、割り切りは、あとからでは選べません。
面談が一通りおわって、資料をカバンにしまいかけたころに、「ところで先生」と切り出される。あの間のあとに続くのが、たいてい範囲の外にある話です。そこで「それは業務の範囲外です」と返せるかたは、そう多くないでしょう。
だから、割り切るなら、先に決めて、先に伝えておく。心のなかで決めておくだけでは、たぶん成立しないのです。
「回す」と、僕は言いたくない
ここまで、数の話を書いてきました。
ただ、数をどう決めるかは、ふだん使う言葉と地続きだとおもっています。
「顧問先を、何十件回す」
この言い方を、見かけます。見かけると、同じ税理士として、少しツラくなるのですね。
回すというのは、もともと機械や工程に使う言葉です。まとめて扱えるものにしか、使えません。
そして、使う言葉は、そのあとの判断を決めてしまうところがあります。「処理」と呼べば、判断は、おわったか、おわっていないかの二択で足ります。けれど「向き合う」と呼んだら、なにに困っているのかまで降りないと、おわれなくなる。
とはいえ、これは他人の話ではありません。
勤めていたころの僕は、まさにそちら側にいました。だから、あの言葉を責める場所に、僕は立てません。
あの言葉は、たくさん抱えた人が、なんとか持ちこたえるために見つける言葉なのだとおもいます。心根の問題ではないのです。
そのうえで、ひとつだけ。
「じぶんの人生を回す」とは、たぶん誰も言いません。
繰り返しに見えるものほど、中では一回きりだからです。同じ1年など、ひとつもない。同じひと月も、ひとつもない。
顧問先の側から見た1年もひと月も、たぶん、そうなのだとおもいます。
だから僕は、この言葉(回す)を使わないことにしています。
そして、使わないと決めると、数も決めるしかなくなります。言葉づかいの話のようでいて、実は、設計の話でもあるのです。
まとめ|「回せる数」と「見きれる数」は、別のもの
きょうは、AIと顧問先の数について書いてきました。
要点を、3つにまとめておきます。
- AIが減らすのは「1件あたりにかかる時間」。いっぽうで、AIが手を出せない相談は、顧問先の数とともに増えていく
- 持てる顧問先の上限を決めているのは時間だけではなく、ココロの余白のほう。だからAIで時間が減っても、そのぶんだけ上限が上がるわけではない
- 向き合う姿勢は心がけでは続かない。数をどうするか、どこまで引き受けるかを先に決める。設計が先で、姿勢はあとからついてくる
最初の1歩
- この1か月に顧問先から受けた相談のうち、経理処理でも月次監査でもなかったものを書き出して、いまも気に留めているものに丸をつけてみる
数えてみると、たぶん思ったより多いはずです。そして、そのどれもが、AIに渡せないものだったとおもいます。
「回せる数」と「見きれる数」は、別のものです。AIが増やしてくれるのは、前者だけなのではないでしょうか。

