税理士の「腕」は、半分しか数えられていない

税理士にとって、専門家の「腕」といえば、税法をどこまで深く知っているか。そう考えるのが、ふつうだとおもいます。
僕も、そうおもっていた時期がありました。
ただ、開業して社長と向き合ってみると、腕にはもう半分あったのです。

目次

税法の勉強会で、圧倒されたことがあります

きょうは、これから開業を考えている税理士のかた、開業して間もない税理士のかたに向けて、書いてみます。

先に本記事の要点からいうと…

  • 専門家が「腕」と呼ぶのは、たいてい税法の知識の深さ。でも、腕はもう1つある
  • 条文は「根拠」にはなる。けれど、社長の「納得」の理由にはならない
  • 僕が手放したのは、腕ではなく、腕への「固執」だった

開業する前、税法の勉強会に出ていたことがあります。

ものすごい迫力でした。

集まっているのは、専門家としての矜持がそのまま伝わってくるような人たちです。僕は、ただ圧倒されていました。

僕も、こうなれたらいい。

そうおもって、税法の勉強に力を入れた時期があります。

税法を深く知っていることは、専門家には欠かせません。どこまで習熟しているかは、その人の力量を示すものでもあります。いまも、そうおもっています。

その憧れが揺らいだのは、開業してからでした。

開業したら、問いのほうが変わりました

勤めていたころも、お客さんと向き合う場面はありました。

ただ、何かあっても、最終的な責任は勤めていた事務所にあります。

開業すると、そうはいきません。責任は、すべてじぶんにかかってきます。

責任が重くなるのなら、税法をもっと固めておけばいい。そう考えるのが自然かもしれません。条文を積み上げておけば、何を聞かれても説明がつきます。

けれど、僕のなかに立った問いは、逆向きでした。

「税法に偏ることが、いいことなのだろうか」

うまく言葉にできないのですが、そういう感覚です。

目の前のお客さんと向き合ったとき、税法だけでは、必ずしも答えにならない。開業して、それを実感することになりました。

どういうことか。よくある相談で書いてみます。

条文は、社長の納得の理由にならない

「この支出、経費に入れていいですか」

税理士なら、何度も受けている相談だとおもいます。

ところが、税法はこの質問に、そのままは答えてくれません。一つひとつの支出が例示されているわけではなく、示されているのは考え方だけです。

端的に言えば、事業に関係のある支出かどうか。

そう伝えても、社長からすれば「そんなことは、わかっている」となります。社長が聞きたいのは、その考え方を、じぶんのこの支出にどう当てはめるかのほうなのです。

もちろん、税法上の考え方は伝えます。そこを省くことはしません。

そのうえで、僕はこう尋ねることがあります。

「その支出を経費にしている、とほかの人から聞いたら、ずるいとおもいませんか」

ずるいとおもうのなら、なぜ、じぶんはそれができるのか。

あるいは、その支出を経費にしていることを、家族や友人に胸を張って言えるかどうか。

税法の答えを、この問いで置き換えるわけではありません。税法上の判断をしたうえで、その上に重ねる問いです。

後ろめたさがあるかどうかは、社長自身がいちばんよく知っています。

「利益を、もう少し多く見せられませんか」

もうひとつ、こちらは税法ではなく、会計の話です。

誤解のないように書いておくと、架空の売上を立ててほしい、といった話ではありません。「何か、いい方法はないだろうか」。それくらいの相談です。

利益を実際より多く見せれば、会計のルールでいえばアウトです。それは社長も承知しています。

なので、ルールの話をくり返しても、先には進みません。

代わりに、僕は2つの決算書の話をします。利益を多く見せた決算書と、見せなかった決算書です。

多く見せた決算書は、社長自身が、会社の実態をつかめなくなります。

一度やると、そのゆがみを埋めるために、次もくり返すことが多い。そうして実態は、どんどん見えなくなっていきます。すると、何を改善すればいいのかもわからなくなる。社長にとって、これほど大きなデメリットはないとおもいます。

いっぽうで、苦しくても正しい数字を出した決算書は、良くも悪くも、会社の状態がわかります。社長はそれを信じて、どこを直すかを探すことができます。

ルールだからダメです、で止めるのではありません。

しないほうが社長自身のためになる理由まで、見える形で並べる。そこまでが、僕の仕事だとおもっています。

根拠と、納得はちがう

2つの相談に、共通していることがあります。

どちらも、条文やルールの話では、社長は動かないということです。

「法人税法第◯条に、こう書いてあるから」。これは 「根拠」 にはなります。でも、社長にとって 「納得」 する理由にはならない。

社長が納得するのは、じぶんに何が起きるのかが見えたときです。

では、その納得を渡すのも、腕と呼べるのでしょうか。

腕は、二つある

料理が、とてつもなくうまいシェフがいるとします。

それも、もちろん腕です。

でも、別の意味での腕は、 お客さんが食べたい料理を作れること なのだとおもいます。だとすると、厨房で作ったり研究したりしているだけでは足りません。お客さんを観察して、接点を持つことにも目を向ける必要があります。

税理士も同じでは?というのが、僕の見立てです。

1つめは、税法を深く知る腕。ここでは「知る腕」と呼びます。

2つめは、それをお客さんにどう使うかの腕。社長が喜んだり、安心したり、納得して選べたりするための腕です。こちらを「使う腕」と呼びます。

専門家は、「知る腕」のほうを腕と呼ぶ傾向があるようにおもいます。これは、冒頭でも言ったとおりです。

重箱の隅に詳しいことは、専門家どうしでは一目置かれます。でも、社長からは、ほとんど見えません。

だとすると、腕の半分しか数えていないことになります。

念のために書いておくと、「使う腕」は、話のうまさや営業力のことではありません。目の前の社長が何で納得するのかを探す腕です。さきほどの「ずるいとおもいませんか」も、2つの決算書も、条文からは出てきませんでした。

手放したのは、腕ではなく固執でした

僕は、「使う腕」をより磨くほうを選びました。

そのために、割り切ったことがあります。

専門家がこだわりがちな、重箱の隅をつつくような税法まで、習熟する必要はない。

これが、いまの僕の考えです。

誤解のないように書いておくと、「知る腕」がいらない、という話ではありません。経費の相談でも、まず税法上の考え方は伝えます。土台がなければ、上に問いを重ねることもできません。

手放したのは、「知る腕」そのものではなく、それへの「固執」のほうです。

正直にいえば、僕は「知る腕」を、正面から磨いてきたわけでもありません。

発信をしていると、曖昧なままにしておけないことが出てきます。書くために調べて、試してみる。その副産物として、少しずつ上げてきた。それが実際のところです。

あの勉強会で見た人たちのような習熟は、僕にはありません。専門家としての力量を示すものを、1つ手放したことになります。

手放したものがあるから、選んだと言えるのだとおもいます。

まとめ|腕の半分を、じぶんで選ぶ

きょうは、税理士の「腕」について書いてきました。

要点を、3つにまとめておきます。

  • 専門家が「腕」と呼ぶのは、たいてい「知る腕」。でも、それをお客さんにどう使うかという「使う腕」もある
  • 条文は「根拠」にはなるが、社長の「納得」の理由にはならない。納得は、社長自身に何が起きるかが見えたときに生まれる
  • 僕が手放したのは「知る腕」ではなく、重箱の隅まで習熟しようとする「固執」だった

最初の1歩

最近、お客さんにした説明を1つ選んで、それを「根拠」で話したのか、「納得」で話したのかを振り返ってみる。

いま磨いているのは、腕のどちらの半分でしょうか。


「知る腕」を、僕は発信の副産物として上げてきました。

書くためには、曖昧なままにしておけません。だから調べて、試してみる。そのうえで、どう書けば社長に届くかを考える。僕にとって発信は、2つの腕を同時に使う場所になっています。

そんなことを、迷いも含めて書いているメルマガがあります。

→ 発信LAB(登録は無料です)

どちらの腕を、どう磨くか。税理士として考えている途中のことを、そのまま置いてある場所です。

この記事を書いた人

1975年生まれ、横浜在住。税理士、発信者、習慣家。2016年に独立以来、きょうまでブログは毎日更新中。近年は、銀行融資支援を得意な仕事にしている。借りれるうちに借りれるだけ借りよ、が口グセ
現在は1日1万歩以上、ひと月150kmほど走る。趣味は、コーヒーとサウナ、読書、散歩、アニメ。スタバでMacがマジカッコいい!と思い続けてる
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